認知症⑤~治療:ご自宅で可能な対策の前編~

今回から、認知症の治療について説明します。(※注:軽度の認知機能低下も、全て認知症と書いています。)
認知症は治せる病気ではなく、治療目的は進行を緩やかにすることです。
繰り返しになりますが、そのためには早期発見と早期治療、特に自宅でのケアが重要になります。
また、他の病気の管理も、同時並行で行っていきましょう。

~治療の概要について~
以下の三つの柱で考えていきます。
①環境改善によるアプローチ
②食事の与え方、栄養学的な治療
③薬物による治療

今回は、特に大事だと思われる①環境改善の話をお伝えします。
②食事・栄養、③薬については次回以降に説明します。

環境エンリッチメントの取り組み>

特に、動物園などで動物を飼育するときに重要な考え方に【環境エンリッチメント】があります。
wikipediaで環境エンリッチメントを調べてみると「動物の福祉と健康を改善するために、飼育環境に対して行われる工夫」と書いてありました。
具体的には「その動物が自然の中で生活しているのと、できる限り近い状態で飼育する」ということです。

例えばキリンに餌を与えるときは、床に置いた『バケツ』の中の草を食べさせるよりも、本来食べている樹木と同じような高さの場所に葉っぱを置いて食べさせる方が自然に近いです。
霊長類(サル)は、物陰に隠れたえさを見つけ出すことに楽しみを見出します。
肉食動物には、本来は生きたえさを与える方が自然です。飼育動物に、生きた餌を与えることが可能かどうかは別問題ですが。

飼育空間への工夫も、餌やりと同じように考えます。
例えば、猿山。
狭い檻の中にサルを閉じ込めて飼うよりも、いわゆる猿山がある展示のほうが自然に近いですよね。
飼育場所に制限があって、檻で飼われているのだとしても、その檻には十分な広さがあり、檻の上部にはロープや足場が渡してあったりして、移動できるような工夫がある飼育法の方が、サルは活発に行動して健康が維持できます。

水場が無いスペースでワニを飼うことはできませんし、登れる木がない場所でコアラを飼うことは不自然なことです。

このように、餌やりでも、飼育環境の整備でも、もともとの自然に近い飼育環境を整えてあげるという工夫が【環境エンリッチメント】です。
そして、これが脳の働きを非常に良く刺激します。
脳は刺激されるほど、その老化が遅くなります。

この環境エンリッチメントを、動物園動物にとどまらず、ペットの犬や猫にも当てはめましょう、ということです。
理論的には、認知症という病態でなくとも、大事な考え方だと思います。

そのためには、まず犬や猫が本来はどのような動物かということを知る必要があります。

犬は、オオカミから進化した動物です。
運動能力の素質は、基本的には短距離選手というよりも長距離選手、持久力の動物です。
ただし犬種によって差があり、完全に短距離選手のサルーキのような犬種もあります。
犬種の特徴は考慮してあげつつ、運動させてあげる必要があります。

認知症の対策として大事になるのは、群れで生活する動物だということです。
言い換えると、本当は一人でいるのが苦手な動物です。
ペットの犬は、多少は一人でのお留守番はしてくれますが、基本的にはできるだけ家族(=飼い主さん)と一緒に過ごしたい動物です。
認知症が疑われる子は、その犬の性格にもはよるのですが、可能な限り、人の輪の中に置いてあげる方がよいと思います。もちろん、中には極端に人嫌いの子もいますので、ケースバイケースで距離感を変えてあげてください。

猫さんの祖先は、砂漠の動物です。
本来の生活スタイルは、このようなものです。
狩り(食事)は茂みや物陰に隠れて、じっと獲物を待ちぶせして、省エネの狩りをします。
ダッシュ力はかなりありますが、長距離走が苦手です。犬とは反対の傾向です。
猫じゃらし等のおもちゃで遊んであげると大変喜びますが、気がのらなければ、まったく遊ぼうとしません。

社会性については、犬とやや温度差があります。
もちろん、猫にも社会性はあります。
ですが、犬よりもプライベートな時間を大事にする傾向があります。
飼い主さんを仲間とは考えていますが、24時間ずっと一緒にいたいわけじゃない、といった感じ。
猫さんは、犬よりも構い過ぎない配慮が必要なことがあります。
猫さんごとに、プライベートスペース(隠れ家・空間)を準備してあげる必要があるかもしれません。

とはいえ、結局は犬と同じで、その猫さんの性格や個性にもよって変わります。
極端に人とのかかわりが嫌いな子もいれば、特定の人にべったりする子もいます。
おそらく、その【さじ加減】は、その猫さんをずっと飼ってこられた飼い主さんのほうが、我々よりもよく承知しておられると思います。

もう一つ、猫が犬と決定的に違うのは、運動するときには、空間を立体的に使うということです。
犬が平面的なのに比べて、猫は三次元的なのです。
身体機能の低下への配慮は必要ですが、キャットタワーなどを利用して、上下運動を取り入れてあげると喜びます。
もしケージを準備して、お留守番中にその中に入れるのなら、理想的には高さや段があるものを準備してあげるといいでしょう。

バリアフリー対策>
犬猫とも、老化に対するフォローを考慮してあげてください。
人間のお年寄りに配慮して、バリアフリーの対策をするようなものです。
これは認知症でなくても、大事なことです。

自分の能力だけでは解決できないことが増えてきていると考えてあげてください。
それでも、できる限り手助けせずに、日常的なことができるように整えてあげることが大事です。
もちろん、どうしてもできないことがあれば、手伝ってあげてください。

病院から飼い主さんに提案することは、トイレ関係の問題が多いです。

特に室内犬や猫さんが、自分でトイレまで行けるかどうかは大事だと思います。
関節疾患などで、歩行能力が低下していることがあります。
痛みなどへの獣医療的なケアも大事なのですが、環境配備もとても大切です。

トイレまで歩いて行く様子を、よく観察してあげてください。
途中にある段差が登れないなら、段差をなくすなどの配慮も必要です。
フローリングで滑ってしまっていませんか。
もし滑って歩きにくい様なら、滑り止め対策をしてあげたほうがいいです。
毛が長い子では、定期的な肉球周りの毛の手入れも必要です。

筋力や関節以外にも、例えば視力が低下している子がいるかもしれません。
トイレへの経路には障害物をできる限りなくしてあげるとよいです。

特に猫さんのトイレは、箱型のことが多いと思います。
トイレへの入り口が高すぎて登れず、トイレに入ることを断念してしまうことがないかを確認してください。

トイレに行くことに苦痛が伴えば、トイレに行くことをあきらめてしまうかもしれません。
それが原因で粗相(トイレでない場所での排泄)を繰り返すと、それをきっかけに認知症が進む可能性もあります。

ストレスの少ない環境を作ってあげる>
先ほどの説明と重なる部分もありますが、ストレスのない生活を送らせてあげてください。
過度のストレスは、老化につながります。もちろん、脳も老化してしまいます。

ストレスを感じさせないためには、必要以上に叱らないことも大事です。
認知症によって、または身体機能の低下によっても、当たり前にできるはずのことができなくなっていきます。
人間から見ると、困った失敗をすることが増えるかもしれません、でも、叱らないであげて欲しいのです。
過度なストレスを与え、症状を進行させるだけです。

粗相してしまうことは、本人にとっては精神的なストレスになる可能性があります。
できるだけこれまで通りの方法で、気持ちよく排泄させてあげてください。
自力で上手にトイレに行けない子は、飼い主さんが手伝ってあげる必要があるかもしれません。

また、筋力低下によって、若い時ほど排泄が我慢できなくなっているかもしれません。
もしそうなら、頻繁にトイレに付き合ってあげる必要があるかもしれません。
介護の重要ポイントですね。

どうしても、必要な場合はしょうがないのですが、可能な限り、おむつやマナーパッドの使用は避けた方がいいです。
頻繁に交換してあげるつもりで使わないと、思わぬ皮膚トラブルや尿路感染の原因になることが多いです。
犬猫ともに、皮膚が人間よりもかなり弱いため、人間よりも肌荒れは早くひどいものになりがちです。

他の病気の管理も大事です。
病気によりストレスを感じていれば、それも老化が進行する原因になります。
高齢になってからかかる病気は、治すことが難しい病気が多いかもしれませんが、それでも治療で症状の程度が軽くなれば、ストレスが減ると考えてあげましょう。

脳へ良い刺激を与えましょう>
一日何もせずに寝ている状況では、脳への刺激が足りません。
適度な運動をさせてください。その子の体の状態によって、『適度』の程度は変わります。
痛みや苦痛を伴う運動は逆効果です。関節疾患がある子などでは、その治療(主に痛みの管理)が必要になるかもしれません。
運動させるときは、いっぱい話しかけたり撫でたりしてあげてください。
安心させるとともに、五感を通した脳への刺激になるからです。

様々な理由で、既にほぼ寝たきりで「運動も何もできない」子もいるかもしれません。
飼い主さんが日々話しかけてあげ、手伝ってあげて排せつポーズをとらせて、お散歩(犬)のようなことをする。
こうしたケアも、脳にとても良い刺激として伝わります。
とにかく、いろいろな刺激が脳の老化を遅らせます。

お読みくださりありがとうございます。
次回は、食事の与え方の工夫と、栄養学的な治療について、お話したいと思います。